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自作小説「水の車輪」の原稿置き場です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。著作権に関わる行為は固くお断り致します。どうぞよろしくお願い致します。
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第二章

愛しい人
俺はあなたに告げることができなかった
なぜならそれは許されていなかったから
あなたはそれを理不尽だという
それでも俺にはなす術がないのです
あなたは術などいくらでもあるという
けれど本当は
それらはすべて
侵してはいけない領域なのです

愛しかった人
俺はあなたに言えなかったことがあった
どうしても隠さずにはいられなかった
きっとこうなることがわかってたんだ
だって俺は知っていた
あなたがいつか
『彼』になるのだと
知っていた

愛していたのはあなただった
けれど焦がれていたのは

ほんとうは

あなたは知らなかった
知れるはずがない
どうしてあの日俺と出会ったのか
あなたはそれを運命だというけれど
ほんとうはきっと
ただの逃避だったんだ

あなたを止めなかった
強く止めなかった
頭では分かっていたのに
止められなかった

ただ一つの短い夢に
もう一度巡り逢いたかった
だから

止められなかった

ああオケアノスよ
我らに備うはずもない
衝動というものを
欲というものを

きっと俺だけが
なぜか持ってしまっていたんだ
きっとそれが

いけないことだったのに


一、

海の中にいる。
耳に、脳髄に、深く染み入ってくる声、音、言葉。
僕を呼ぶ声が上からも下からも降ってくる、昇ってくる。僕を包み込む。
壁がどこにあるのかは、僕にはわからないけれど、
けれどそれらの声はすべてまた反射して、僕にどんどん絡みついてきた。
『オストロン』
『ドュマ』
『オストロン』
『オストロン』
『ドュマ』
途切れることなく僕の耳をずっとずっと撫でていく。僕は不安になった。
僕は一体誰だろう。
いろんな声が、音が僕を呼ぶ。
けれど耳を澄ますと、一つの音が特に僕を縛って放さないような気がした。
「誰・・・?」
ようやく僕は瞼を上げる。そうして初めて、自分が目を開けていなかったことに気付いた。
透明な水色の世界が僕を取り囲んでいた。
とてもひんやりとして気持ちがいい。四方八方から泡が十色に光りながら舞い集まってくる。
まるで、妖精が喜び踊っているようだ。僕は緩やかに沈んでいたけれど、透明に揺れる天井からそそぐ金色の明かりの筋は、まるで誰かがやさしく微笑みかけてくれているようで、見守られているような心地になる。
光を感じるだけで、こんなにも世界が美しいことを知れるのかと、僕は嬉しくなった。
僕を呼ぶ声たちは途切れることなくこだましている。けれど、僕を包み込み、それでいてどこか締め付けるような不安を呼び起こしたそれらの音は、視界が開けたことであまり気にならなくなっていた。ただ僕を浸してくれるだけだった。心が満たされていく。僕は愛されている。包まれている。この世界に。世界のすべてに。
愛されることがこんなにも嬉しい。
満たされる気持ちは僕を内側からも包み込んだ。つい、また瞼を閉じてしまいそうなほどに心地よい。
僕は浸っていた。
僕を締め付ける欲からも、強い願いからも、ここは解放してくれる。
僕の中にある水は、僕を潤してくれる水は、僕をすべてから濾し出してくれる。
だから僕は、もう少しでその声を聞き逃すところだった。
『あなたの・・・名前は?』
その声は低いようで高いようで、かすれているようでよく通るようで。
不思議な声だ。あまりにも微かな響きだった。だから、もしも聞き逃していたならと、急にぞっとした。それなのに心のどこかで、やっぱりきっと聞き逃さなかっただろうとも思えた。
心臓がはねて、ずきずきと鼓動していた。自分には心臓があったとようやく思い出す。
「君は誰?」
僕は、声の響いてきた暗く何ものがあるか見えない水底に向かって手を伸ばす。
そしてふと、どこかでこの感覚を覚えている、と気付いた。
どこで、この会話をしただろう。どこで、初めてこの声を聞いただろう。
思い出せない。
思い、出せない。
『オストロン』
僕の周りの声がひときわ大きく合唱する。僕ははっ、と我に返った。
「違うよ、それは、僕の名前じゃない」
『オストロン』
『オストロン』
『オストロン』
それでも、声たちは慈しむように僕を呼んだ。
「僕じゃない。僕じゃ、ないんだ」
僕はいつの間にか、胸の痛みをこらえるように目を閉じていた。それでも瞼をすかして鈍い水の色が僕の瞳を撫でていく。
青い色をとてもきれいだと思った。それなのに、今は息苦しい。
僕は、僕を大切だと、消えないでほしいという声が辛くてたまらない。
【消えるわけじゃないよ】
僕の中にいるもう一人の僕が言った。くすり、と笑っている。
【消えるわけじゃない。消えるとすればそれは君の方だろう?僕がオストロンなのは変えようのない事実。摂理だよ】
「そうだね」
僕は素直に答えた。とても穏やかな気分だ。
それは、僕には失うものも何もなくて、大事なものも何もないからかもしれない。
「僕は君が君の願いをかなえるための、ただの通過点でしかないね」
僕は揺らめく天井を見上げた。光はくすくすと笑い揺れる。
【その通り】
【君には大事なものなんか必要ない】
【だから、楽しめばいいよ】
【夢は楽しむためのものでしょう?】
僕は静かに首を横に振った。
「それは違うよ、オストロン。夢を見て癒されることもある。けれど同じだけ、不安になったり、怖くなったりすることもあるんだ。僕らにとって、一夜の夢なんて、癒しなんかじゃないんだよ」
【そう】
光は静かに答えた。
【それでも君は僕で、僕は君だから。好きに生きればいいよ】
【君がいつか、勝手に疲れてしまって】
【その姿を僕に返すことになったら】
【二度と君はいなくなるんだから】
「そうだね」
僕は素直にうなずいた。
摂理も、仕組みも、よくわからない。けれど一つだけわかっているのは、水の子は消えることがなくて、僕は朽ちるものであるということ。それは変えられない、慈悲も何もない、事実だということ。
僕はふわりふわりと浮いている体をねじり、もう一度水底を見つめた。
「ひとつ、聞いてもいいかな」
誰も答えない。耳に届くのは、ずっと鳴り響いてやまない、僕を『オストロン』とも『ドュマ』とも呼びしきる声たちのみ。
「オストロン、君はいつ彼と出会ったの?僕はどうしてもそれが思い出せないんだ。なのにどうして、君はずっと彼と一緒にいたの?彼を、好きになったの」
光は揺れていた。僕は気づいた。水のゆれも、光の揺れも、すべてオストロンの心そのものだった。彼の心は留まれない。ずっと、揺れていく。止まりたいと願っているのに、止まれない。
【僕は覚えていないよ】
悲しげに、光は言った。
【彼が僕に隠していることもなんとなくだけど】
【知っていた】
【けれど、それでも良かったんだ。だって彼は、僕を唯一濁してくれる人だから】
【僕を、せき止めてくれるたった一人の子だから】
【僕が立ち止まれるように、後ろにいてくれる人だからね】
「嘘だ」
僕は少しずつ意識がはっきりしてくるのを感じていた。鈍かった水の肌に触れる感触を、今ははっきりと感じている。なんて冷たいのだろう。
「僕は覚えている。僕は、彼の背中だけをよく覚えているんだ。後ろにいたのはいつも君の方だ。君ばかり、彼を追いかけてたんだ」
【知ってる】
光はこともなげに言った。
【結局、僕の心に触れてくれるのは】
光はそこでしばらく言葉を切った。
【揺れる者だけ】
とても悲しげな声だった。
【だから君に託したいんだ】
【だから、彼らと一緒にいてみようと思ったんだ】
【留まる体を得て、今の気分はどう?】
とても面白そうに光は言った。
僕は言った。
「最悪だ」
僕は名前を思い出す。
僕の名前。
そして僕は、強くなっていく光とともに、彼の名前を忘れた。
彼と、彼の愛していたもう一人の彼の名前も。






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