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自作小説「水の車輪」の原稿置き場です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。著作権に関わる行為は固くお断り致します。どうぞよろしくお願い致します。
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前奏曲

茶という色はとても美しい。
土の色、木の色、鳥の色、
肌の色。髪の色。
愛しい人の、瞳の色。
白い大輪の花が咲き誇っている。ところどころに赤い実、紫の小さな粒。
木々の間を潜って湧き、小川に注ぐ冷たい水は、胸が空くように青い。
彼が通ると、鳥も、虫も、植物も、皆静かに彼に道を広げ、そして優しく彼のそばに絡みつく。
彼はとても愛されていた。この青い楽園の全ては彼のためにある。
彼を慈しみそっと守るためにある。
少しがさつく蔓の茎が、彼の耳に触れる。彼は穏やかに微笑んでそれを撫でた。
鼻歌でさえも、神というものが本当に存在するのならば、かくありきやと思わせるほどに、美しく安らかだ。
彼が肩に止まった白い鳥の尾を撫でていると、彼の目の前にそっと灰色の影が被さる。
彼はとても幸せそうに微笑んだ。
とても愛おしい人がそこにいる。困ったような顔で彼を見つめている。ダジエルダの茶色の瞳に、自分の葉っぱまみれの顔が映っているのを見て、彼はくすりと笑った。
この世界に住む彼らは人と呼ばれたが、つがいをもたなかった。
ここは肉体のない尊き物が、水の国では水の、風の国では風の力を借りて、形をなす。
彼らに営みは不要だった。ただ愛おしいものがそこにあるだけで幸せだったのだ。
「ダジエルダ。やっぱり来てくれたね」
彼はにっこりと微笑む。ダジエルダは少しだけムッとした。
「お願いですから、俺を呼ぶのはやめてくださいと何度も頼んでいるでしょう」
「それでも君は来てくれるじゃない。知っているよ。君はとても優しい人だから。だって、僕が愛している者なのだもの」
「オストロン」
水のようにつややかに流れる髪をなびかせながら虫や鳥達と戯れる人に、ダジエルダは困惑気味に呼びかけた。オストロンは首をかしげる。微笑んだまま。
「なあに?」
「やめてください。あなたは水の中でも最高位のお方だ。何故あなたのようなお方が俺のような卑しい身分のものにまで気を遣うことがあるだろう」
「君たちはみんなみんなそればかりだね」
オストロンは冷笑した。
「僕は僕のしたいようにしかしないつもりだ」
オストロンは白い兎をそっと腕に抱えてその背を優しく撫でる。
「それでも全ては僕に言う。お前が水の王となれと。これだけ勝手にしていても誰もが皆僕にそれを望む。ならば何も問題はない。僕はこれからも僕の幸せのために生きていくんだ。僕は今でも諦めてはいないんだよ、君を」
「だから、」
ダジエルダは心底疲れたように額に手を当てる。
「あなたの愛情が重たいのだと何度言えばあなたはわかってくださるのか」
「そんなこと言って」
オストロンは少しだけ気分を害したかのように右腕をさっと振り上げた。手の先で水の粒が渦をなし、見事な大角の牡鹿が震えたように現れる。牡鹿はオストロンの機嫌に恐れをなしたかのように森の奥へ逃げ出した。
「つまらないな」
オストロンは嘆息した。
「どんなに怒っても、嘆いても、ここで僕が作り出せるのは全て美しすぎる。誰のそれにも増して、美しすぎるんだ、何もかもが。つまらない」
「だからあなたが最高位なのでしょう?」
ダジエルダはようやくやわらかく笑う。
「そんなお方から目をかけていただけるなんて、俺は幸せ者です。土なのに」
オストロンは嫌そうに深くわざとらしく嘆息する。そうして兎を土に下ろした。兎はオストロンの爪先に鼻をすり寄せたあと、森の穴蔵へと駆けていく。
「君はいつだって僕が呼べば来てくれる。僕が呼ばなくても来てくれる。僕が君を求めている時はいつだって現れてくれる。それなのに、君は一言だって、僕に言葉を伝えてくれないんだね。こんなにも僕は君を愛しているのに。ここは僕の国なのに。そうだ、僕の国なのに!!」
オストロンは声を上げた。その勢いに、花に群がっていた白い蝶たちが一瞬高く空にふわりと舞い上がり、またふわふわと花のもとへ降りていく。
ダジエルダはふわりと微笑むと、オストロンの側へ歩み寄り、その頭をそっと撫でた。ダジエルダはオストロンよりも頭一つ背が高い。オストロンはムッとした。
「またそうやって子供扱いを」
「違うんですか?」
ダジエルダの優しく静かな声に、オストロンはそのまま何も言えなくなって、俯いた。ダジエルダはそっとオストロンの手を取って、本当に柔らかく笑いかける。オストロンが泣きたくなるくらい好きな笑顔だ。
「分かってください。俺は土だから、あなたに何も伝えてはいけないんです。だから、分かってください。俺はいつだって、正直ですよ」
ダジエルダはそのままその手を引いた。そっと風に背中を押されるように、オストロンも歩き出す。
白と青で彩られた石の噴水には、真っ白な月下美人が眠るように浮いていた。
「あなたはまるで、この花のような人だ」
ふと、ダジエルダがそんなことを言い出す。オストロンは顔をしかめた。
「ええ!?もっと他に例えようがあるでしょ、どうしてこの花なんだよ」
ダジエルダはきょとんとする。
「俺は、この花が一番美しいと思っているんですよ。あなたみたいだから。ほら、見てご覧。水に浮くこの花ほど綺麗なものを俺は知らない。あなたはこうやって、水の中で静かに息づいているのが一番美しいんだ」
ダジエルダは、きゅっとオストロンの手を握りしめる。
「あなたは先だって、土になりたいと言ったそうですね」
「それが?」
オストロンは刺のある声で答える。
「案の定しばらくこの廃墟に幽閉されるほどにはご立腹されたけれど?見てのとおりだよ」
「見てご覧なさい、この、水の中を、ほら、覗いてみて」
ダジエルダはオストロンの背をそっと押した。
「知ってるよ、今更言われなくてもここから何が見えるかくらい嫌というほど承知・・・」
「いいから見ろ!」
ダジエルダの声は悲痛だった。オストロンは渋々水面に目を移す。
世界の最果てにあるこの器に宿る水には、世界が臨める。水の国はこの世で最高位にある世界だった。この国の器からは、すべての下位の世界が見える。そう、物質界と呼ばれる最下の卑しい土地まで。
それでも、その『汚れ』にもまれなければ美しくなり得ない者たちは、下位世界に降り立ちその魂を磨かなければならない。戻ってくる頃には、受けた試練の分、彼らは一段と輝きを増し、身分を高める。
けれどたまに、実力以上の試練を受けようとして身を滅ぼし貶めるものも数多くいた。オストロンの目の端に、今やオケアノスでは有名どころになった人の苦しむ姿が引っ掛かる。
彼は火に包まれ、煤けて、もがいていた。またかよ、とオストロンは毒づきたくなる。
飽きるほどにも見慣れた顔だ。フォレスネッサ。火の国の寵児とまで歌われた美しい存在だったにもかかわらず、水の国の景色に心奪われ、『水になりたい』という無謀な、哀れな望みを未だ捨てきれないでいる。
もはやガイア、『物質界』に下りすぎた彼の魂は、とても水どころか火の国にも戻れないほどに落ちぶれてしまっていた。
ダジエルダは、フォレスネッサが嗚咽を漏らしながら髪をかきむしるさまを静かな目で見つめていた。ほんの少しだけ、オストロンの手を握る力が強くなる。
「彼だけでない。水になりたいと願い身を焦がす者がどれだけいるだろうか。これだけの者たちが、高位に憧れ危険を冒してまで物質界に下る。だというのに、どうしてあなたはわざわざ俺のような卑しい土の身分になりたいなどと本気で思うのか」
ダジエルダは、耐えるように目を固くつむった。オストロンは何かむしゃくしゃして、その手を振り払い、素知らぬ顔で噴水の淵に片足を立てて座り込んでもう一度水底を眺めた。
どうしようもなく毒々しい思いが体を駆け巡っていく。愛する者への欲望のためなら、どれだけでも汚くなれる。それなのに人は皆自分を誰よりも何よりも、素晴らしいと、美しいと、顔すら上げることもかなわず震えて頭を垂れる。
オストロンはぽつり、と呟いた。
「かわいそうに」
その瞬間、声が届いたかのように虚ろなフォレスネッサの淡紅色の瞳がオストロンの青い眼を捉える。オストロンはありったけの蔑みを浮かべて微笑み返した。けれどフォレスネッサは惚けたようにオストロンをあどけない顔で見つめている。
「ふーん・・・」
オストロンは片眉を少しだけ釣り上げた。
ダジエルダはオストロンの瞳をまっすぐに見据える。そうして、ふっと、気が抜けたように悲しげに笑った。
「長居しすぎました。また・・・来ないこともないかもしれません」
「お前は来るよ。僕が生きている限り、きっとお前は来続けるんだ。・・・僕のもとに」
ダジエルダは答えなかった。土埃が舞って、ダジエルダの影だけがそこに取り残される。やがてそれも、空気に溶けて消えてしまった。
オストロンは冷めた静かな表情で虚ろに自分の胸元の服を握りしめる。
「ああ・・・本当に・・・やってられない。何も変わらない」
オストロンはもう一度水面を頬杖を付いてのぞき込んだ。フォレスネッサは疲れきったようにぺたん、と座り込んで、船をこいでいた。思わずオストロンは吹き出さずに入られなかった。こういう馬鹿な辺りが、彼をなかなか浄化させてやれていないのかもしれない。
「やあ、フォレスネッサ。ガイアはどうだい?堕ちるところまで堕ちた気分は?」
フォレスネッサは虚ろな眼をそっと上向かせただけだった。
『水を・・・ください』
ほろほろと、その目からなみだがこぼれおちる。
「あーあ、馬鹿だねえ。こんなことしなければ、君は火の国の期待の星だったんだから、僕みたいに水の幻影を作り出すことなんて朝飯前だったろうにね。ほんっとに馬鹿だねえ」
『それじゃ意味がない』
ふっと、フォレスネッサの瞳に火が灯る。
『そんなまやかしでは意味がないんだ。僕は、どうしても水になりたかった。あなたを、あなたがたを、美しいと思った。火が好きだった。けれど水がもっと好きになった。一目惚れだったんだ。僕は苦しい。今でも苦しくて、何度助けてくれと醜く叫んだかわからない。何度後悔して何度己を哀れんだかも覚えていない。それでも僕は、僕は、後悔してしまうことはない!』
「あっそう」
オストロンは冷えた声で言った。そうしてにやりと口角を釣り上げる。
「それだけ気力が湧いてきたなら、また大丈夫そうだね、せいぜい頑張りなよ」
フォレスネッサはしばらく黙っていた。そうして、随分と時間が経った頃、ふわり、と笑った。
オストロンは軽い衝撃を受けて、手から顔を上げ、フォレスネッサのあどけない顔をまじまじと見つめた。
『頑張る』
フォレスネッサは穏やかに微笑んだ。そうしてようやく腰を上げる。
その穏やかさは、ダジエルダのそれとも全く違っていた。ダジエルダしかまともに見たことがなかったから、笑顔に違いがあるということも、オストロンは気づけていなかった。
(なんだか、惹かれるな、この子・・・)
オストロンは静かな気持ちでフォレスネッサの薄赤の頭を眺める。
(僕に似ているからなのか。それとも、本当は僕のなりたい姿だったのか・・・)
「君って本当に不細工だね」
オストロンがそういうと、フォレスネッサは心底傷ついたように顔を上げた。その表情にオストロンはぶっと吹き出す。
「あはは、僕のダジエルダとは大違いだ・・・!あはは!!すっごく不細工・・・はは」
可愛いな、と思った。憐れすぎて逆に愛おしい。
オストロンはにやりと笑った。本当にただの気まぐれだ。急な思いつきで、行きあたりばったりだった。けれど、もう、オストロンは限界だった。
「ねえ、フォレスネッサ」
僕の望みを、叶えてくれるかな?
「助けて、あげようか?」

水面に、林檎の花びらがふわりと舞って、落ちた。



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