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自作小説「水の車輪」の原稿置き場です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。著作権に関わる行為は固くお断り致します。どうぞよろしくお願い致します。
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四、

庭の薔薇は綺麗だ。
レミオには手入れの仕方はよくわからない。これは爺やが趣味で育てている小さな薔薇たちだ。
淡い桃色の、まるでレースのような、紙細工のような薔薇たちがレミオは大好きだった。
刺には気を付けなければいけない。一度思い切り詰まんだら予想以上に痛くて半泣きになった。
自分の家の庭に咲く薔薇は、お店で売ってあるどの薔薇よりも美しいと思う。
レミオは、こんなに可愛らしくて繊細な薔薇を作れる爺やが大好きだった。
我が子を育てているようなものですから、と爺やは笑う。
爺やには子供はいなかったけれど、妻を深く愛しているようだった。
婆やはいつも、レミオに美味しいお菓子を作ってくれる。
レミオはこの老夫婦が大好きだった。
二人がお互いに向けている愛情が羨ましかった。
薔薇は、まるで自分のように思えた。大切に大切に育てられた薔薇はきっと、本当はいつの日にか誰かに、
自分の花婿に摘み取られるのを静かに待っているに違いない。
折って欲しい。
私を静かに手折って欲しい。

「エーンデっ」
ふわり、とエンデの部屋の、小さな窓の縁に腰掛ける。
エンデは何かを熱心に書いていたようだったが、レミオの声に顔を上げた。
「どうかした?」
「うん、なんとなく」
レミオはにこにこする。エンデの表情は変わらない。「ふーん」、と言って、また机の物に姿勢を戻す。
「何を書いているの?いつも」
「お話」
エンデは静かな声で答えた。
まるで水のような声だとレミオは思う。レミオはエンデの声が大好きだ。水のように冷たくて、小さく震えて、澄み切っている。
けれどレミオには、もっともっと、苦しいくらい好きな声があった。
「お話?どんな感じ?」
「笑わない?」
「笑わないわよ」
レミオはくすりと笑った。エンデがむっとする。
「今笑った」
「今のはエンデが可愛かったからだもん」
むう、とものすごくエンデは顔をしかめている。ふと、ザゼリがエンデの眉間の皺を心配していたのを思い出した。エンデにはまだ皺が刻まれてはいないけれど、既にキオには結構深く刻まれている。女の子にあの皺はあまりよろしくない。レミオは柔らかく微笑んだ。
「馬鹿になんかしないわよ」
今度はエンデは困ったような顔をした。レミオには自覚がない。レミオは時偶、普段の惚けた彼女からは想像のつかないような大人びた空気を身に纏うことがある。
「地獄のようなところで、苦しんで、けれど抜け出せなくて、絶望していた男の子がいたの」
エンデは静かに言った。
「何度死にたいかと考えて、けれど神様は決して少年を許してはくださらないの。少年は重い罪を犯してしまったから。神様の物を欲しいと願ってしまったから。そんな絶望の淵にいた彼に、あるとき天窓から白い手が伸びてくるの。その手はひらひらと少年の目の前で手を振った。少年が見上げると、そこにはとても綺麗な、怖いほどに綺麗な妖精がいたの。妖精は少年をその地獄から出してくれた。一緒に逃げてくれるの。ただの気まぐれだった。当然、神様は二人を追いかける。二人は地の果てまで追い詰められていくの」
エンデはふう、とそこで息を継いだ。
「だけどわたし、妖精の気持ちがよくわからないの」
「どうして?妖精が優しい妖精で、その男の子が可哀相だったから、助けてあげようと思ったんじゃないの?素敵なお話だと思うけど」
レミオはにっこりと笑った。エンデは首を振る。
「そんなの在り来たり。妖精ってそんなに純粋じゃないと思うわ。内在的な怖さがあると思うの。気まぐれで始めたことなの。なのにどこまでも一緒に逃げてくれる妖精の気持ちは、少年には理解が不可能なの。だって少年はただの人間だから」
「ふうん・・・」
レミオはエンデを新鮮な気持ちで見つめていた。正直なところ、そういう深い心情表現はレミオには難しすぎてよくわからない。けれど、エンデがレミオにはわからない世界をその中に秘めている、そのことがとても意外で、それでいてしっくりと心に収まる気もして、不思議だった。
「エンデって、すごいのねえ」
「それは褒め言葉?」
「もちろんよ」
レミオは柔らかく笑う。
「だって私には全然理解できないんだもの。だけどエンデには分かっていて、頭の中に広がってるんでしょ?すごいと思うわ」
「ザゼリと似たようなこと言うのね」
エンデは肩をすくめた。
「キオの言ったとおりね、ザゼリとレミオって根本的に似てるんだわ」
エンデは小さく嘆息する。小さな声で付け加えた。
「まあ、そういうとこ嫌いじゃないんだけど」
「根本的に、似てる、かなあ・・・」
レミオも小さく呟いた。きっとエンデには聞き取れなかったに違いない。
「似てないと思うけどなあ」
レミオは両膝を抱え、頬を膝頭に乗せた。
エンデの屋敷が、レミオは好きだ。橙色の煉瓦に緑色の三角屋根。なんだかとても落ち着く気がした。
少なくとも、キオの家の様にレミオの心をかき乱したりはしない。
キオには緑が似合うと思う。本当はとても暖かい人だ。そして、本当は一番物語が似合う人だ。
なのに、ヘラクレイトスの屋敷はごてごてと、金と赤に塗れている。
キオがいつも神経を張っているのではないかと、嫌な気持ちになった。
「それ、誰か模写体がいるの?」
レミオの素朴な疑問に、エンデも静かに答える。
「ただ、思いついただけよ」
どうせ書くのなら、キオの物語を書いてくれればいいのに、とレミオは思った。
胸が痛い。

レミオが生まれたことは、エリュイトス家にとっての誇りだった。
エリュイトスは貴族の中でも高位の家柄だった。昔から何人も、王宮に娘を后として差し出している。
レミオの母は、元々后になるために育てられたグレダリシャ家の子女で、政治的な理由からエリュイトス家に嫁ぐことになったのだと聞いた。母はそのことに内心不満を抱いていたようだった。けれど、レミオを産んだことが母にとっての誉れ、自尊心の保護につながった。
古参の貴族からは風当たりの強いヘラクレイトス家と手を結ぶことを決めたのは父だ。母はそれを酷く嫌がったという。ヘラクレイトス家にとってのもう一つの宝、レミオの片割れと名の由来を揃えたことも、母は嫌った。未だに母はレミオをレミオと呼ばない。代わりに、母の好きな花、百合という意味のピリア、と呼ぶ。それはそれで母からの愛情なのかもしれない、とも思う。そもそもレミオの名は、グレダリシャ家の先祖が住んでいたとされるロルカナの地の伝承からとって付けられた。母からしてみればとても残酷な仕打ちだったろう。しかも提案者はヘラクレイトス家当主ベリエルザの提案だったというから、余計に恨めしかったに違いない。
ロルカナは、現在経典としてまとめられている星神話の、殆どの物語の元が生まれた地だと言われている。今は無きロルカナの民に語り継がれてきたその物語は、双子の英雄神の話の祖であった。ただ、最近の研究で双子神ルフェラとサフィア、英雄レミオとキオは、別人であったとされている。ルフェラとサフィアは帝都アルカイヤを奪還し、世界を統べた。レミオとキオはロルカナを邪神デリエルから解放し、人の世界の礎を作ったとされている。その功績を大神オストロイアに認められ、二人は星となった。今もその二つの星―銀色と緑に輝く二つ星は空で輝いている。
兄レミオの名を与えられたレミオ=エリュイトスは、まだ赤子のうちに、弟の名を与えられたキオ=ヘラクレイトスと婚約させられた。レミオが英雄の兄の名を与えられたのは、エリュイトス家を立ててのことであったかもしれないし、別の地キヲリアの建国者であるキオラの名を意識して、ヘラクレイトス家に暗に先を越された結果かもしれなかった。
母も父も、ヘラクレイトス家のことを本気で信用してはいない。
ベリエルザ=ヘラクレイトスが、先代当主に比べるとうつけもので常識が無いことが、余計にかの家の心証を悪くしていた。その息子キオが妙に理知的で優秀なことも、エリュイトス家だけでなく他の貴族からの反感を買った。
ベリエルザは他人の評価を気にするような男ではなかった。多少小汚い手を使っても伸し上がろうとする男だ。ある意味大物とも言えるのかもしれない。
けれど、その皺寄せが全て息子のキオを縛り付けていたことをレミオは知っている。子供だからこそ見える世界があった。なまじっか何でも卒なくこなせるキオは、その小さな体に見る見るうちに、錆びた枷を増やしていった。

レミオはキオが好きだった。
最初は、ただの一目惚れだったと思う。
物心ついて初めて邂逅したのは、まだたったの7歳の時だ。
それでもひどく惹かれた。
まるで、童話の中に佇む憂いをたたえた少年のように思えた。
自分は、自分だけは、キオを理解できると思った。支えになれると思えた。
けれど、キオは決してレミオがキオの深くに踏み入ることを許さない。
悲しかった。
どうしようもないから、笑うしかない。

エンデと友達になれたことは、レミオにとっても救いだった。
二人だと弾まない話も、
どこか肌寒く感じる時間も、
エンデ一人が加わっただけで、緩やかに流れていく気がした。
今のレミオはエンデがいるから、
エンデがキオを連れて来てくれるから、
笑っていられる。
エンデが好きだ。どうしようもなく好きだ。
キオが、好きだ。

エンデは、せかせかと羽ペンを動かしていた。真っ白な紙は、見る見るうちに黒い文字でびっしりと埋めつくされていく。
まるで、レミオの心のようだ。

私には何もない。
何も誇れるものがない。

キオはエンデばかりを心配する。
あの子は炎に愛されてしまった可哀想な子だから。
炎は誰かを焼き尽くしてしまうから。
とても、危険、な、もの。

私には何もない。
こんな風の力、何の役にも立たない。
誰かを癒すこともできない。
誰かを恐怖させることもできない。
私は出来損ない。
いつも失敗して、キオに怒られる。

けれどキオが怒ってくれるから、それだけで嬉しい。
それが悔しい。
とても、悲しい。

レミオはキオの声が好きだ。
キオの喉が震わせる振動が好きだ。
胸が震える。
体が心地よいと鳴く。

レミオは花火が嫌いだ。
キオがエンデばかり気にかけるから、嫌いだ。
炎を操るからと、全てを諦めたように笑ったエンデが悲しく思えた。
レミオは人を傷つけたことがないからわからない。
どうしてエンデがあんな目をして俯くのかわからなかった。
けれどキオはあの日、あの祭りの日。
花火の上がる建国祭。
エンデを連れ出して、花火を見上げて。

あの時もう、何を信じたらいいかわからなくなった。
レミオは心の奥深くで眠っている。
今でも誰かに、誰かレミオが待ち望む【ただ一人に】、
手折られるのを、待っている。

「あ、そうだ」
エンデがふと、手を止めて振り返った。
「来週だね」
エンデはとても柔らかく笑った。この子がこんな風にちゃんと笑うのは珍しい。普段はほとんど表情がない。
だから、エンデがそれで笑顔になるのなら、それだけのためならレミオだって、好きになれた。
「そうね、今年の花火は三千発だって。気合入ってるわね」
レミオも微笑む。
胸のざわつきは、とうの昔に消えている。
エンデの笑顔が大好きだ。
エンデがいてくれるからきっと、レミオも笑っていられる。
飲み込まれないでいられる。
エンデが好きだから。
それでもキオが、好きだから。
ふと、去年の花火の日を思い出す。
人ごみに流され、二人とはぐれた自分を、見たことのない、ごてごての衣装を着た女の子が助けてくれた。
あの時は、この手がキオだったらどんなに良かっただろうと思ったけれど。

『ああ、花火、終わっちゃったね』
『・・・どうした?』
『いいの。どうせ、嫌いだし』
『嫌い?あんなに綺麗なのに?』
『だから嫌いなの』
『そう?』
『うん。だって、火と光だけであんな綺麗だなんて、反則だもの。まるでもう他のものは必要ないみたいで怖くなるんだもの』
『ふうん』

『でもさ、火って、空気がないと燃えないんだよ』
『そして、みんなその空気すって、花火を見て、綺麗だねって言って、生きてるでしょ』
『綺麗だっていう人が誰もいなかったら、花火なんて何の意味もない』
『要らないものなんてきっとないよ』

「空気」
「え?」
レミオの呟きに、エンデが眉をひそめる。
「どうしたの?」
レミオは肩を小さくすくめる。
「ううん、なんでもない。ただちょっと」
「ちょっと、何?」
「去年の花火の時、通りすがりに会った観光客の子思い出して」
レミオはにっこりと笑った。
「また会えるといいなあ」
「まあ、観光客なら、今年も来るかどうかは五分五分だろうけどね」
エンデはさらりと言った。




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