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自作小説「水の車輪」の原稿置き場です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。著作権に関わる行為は固くお断り致します。どうぞよろしくお願い致します。
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二、

まるでどこかから浮遊してくるような感覚。
目が覚めると、梢越しの緑と金色の重なり合った光が目に染みた。
頬が痒い気がして、ドュマは少し爪の伸びた左の人差し指でそっと頬を掻いた。当たり前のことだが頬にくっきり草の痕が付いている。その場で胡坐をかいたまま、ドュマはぼんやりと目の前の草原を見つめる。腕の上を黒くて小さな虫がゆっくりと這っていく。ドュマはそいつを指で軽くはじいた。ブン、という不快な音を立てて、虫はしばらくドュマの周りをくるくる回ったのち、どこかへ飛んで行った。
寝起きに腹がこれ以上ないくらい空いているのはなぜだろう。きりきりと痛むくらいだ。ふらふらとしながらドュマはとりあえず食べるものを探すために腰を上げた。
「しまった。寝る前に傍に食うもの積んどきゃよかった」
のろのろと呟く。一人きりだと妙に大きい独り言が増えるのは仕様だから仕方がない。
木の枝の上では小鳥たちがせわしなく自分の身をついばんでいる。朝の手入れでもしているのだろうか。それを立ち止まってぼんやりと眺めながら、ドュマはのろのろと頭を掻いた。
「まさか虫を食うわけにもいかないしなあ」
くんくん、と匂いをかいでとりあえず道端に合った花を食む。
蜜が甘い。花弁も、木の皮を食べるのに比べたらずっと食感もうまい。
「村にいたら蜂蜜食い放題だったんだけどなあ。僕蜂の処理の仕方知らないしな」
おもしろくなさそうにドュマは口にくわえたまま茎を舌で動かす。ドュマは割と甘党だった。
ぼさぼさの頭はいつも適当に邪魔な部分を切っているため非常に不ぞろいだ。敢えて言うなら非常に個性的な髪形になっていた。それでもそれが似合って見えるのは、ドュマの顔立ちがどこか中性的で端正だからかもしれない。
「のど乾いた」
喉仏のあたりをこすりながらドュマは呟いた。そのまま口を空に向かって開ける。空から幾滴もの雨がドュマの口の中へと注いだ。とても冷たく綺麗な水だ。体の芯まで潤されていく。
ドュマが村を出て、すでに3カ月は過ぎていた。それでもまだ短い方だ。ここ数年のうちに、ドュマが村を開ける期間は少しずつ長くなっていた。ドュマはひとところに落ち着くのがどうも苦手だった。穏やかに立ち止まって生きていると、体の内側から熱い声がする。お前の居場所はここじゃない、お前の本質はそんなものじゃない、とドュマに語りかけてくる。
初めて村を出たのは7歳の頃だった。それまでも村の中をふらふらと歩きまわっては村の大人たちに捜索されるような子供だった。何度こっぴどく叱られたかわからない。それでもドュマのそういう癖は一向に治らなかった。どんなに怒っても叩いても諭しても、柳に風だ。ドュマはぼんやりと大人たちの顔を見上げるだけ、口先で謝るだけで、反省するそぶりを一切見せなかった。痛い思いをしても、その痛さに顔をしかめこそすれ泣きもしなかったし、やめて、と、同じ年ごろの子供なら誰でも泣いて振り絞る声さえ出しはしなかった。
次第に村の大人たちはドュマのことをあきらめた。勝手に森の中へ入って、それでもし命を落とすならばそれはドュマ自身の責任だと投げるようになった。ところが不思議なことに、一向にドュマは危ない目には合わなかった。いつでも、行方をくらましてはまたふらっと無事に村に戻ってくる。いつもののろのろとぼんやりした調子で、ただいますら言わずに当たり前のように食卓についている。村の大人たちはドュマを気味悪がった。
村人たちがドュマを気味悪がったのはドュマのそういった変わった性質だけではなかった。
ドュマは生まれ落ちた瞬間から、目じりのあたりに二つの点のような痣を持っていた。それはまるで黒子のようなものだったが、村人たちは気味悪いと思った。まるで汚い染みのように、その二つの点はドュマの目元にあり続け、一向に消えることはなかった。
ドュマは物心ついたころから、水と話をしていた。桶に入った水に笑いかけている彼を見た時は、ぞっとしたものだ。しかも、桶にためている水をドュマはことごとく地面にぶちまけたので、村人たちはほとほと困った。なぜこんなことをするのかと問うても、にっこりと笑ってのろのろと、「だって、水は留まってはいけないものだから」とばかり言うのだった。
それでも、村が水不足になったり、あるいは大雨による被害を受けることは、ドュマの生まれた14年前から嘘のようにぴたりと止んでいた。村は常に水の恵みを受けていた。14年前に生まれたのは、子供が生まれにくくなっているハケナの村ではドュマただ一人だったから、次第に大人たちは、ドュマはもしかしたら、水の神の化身なのではないか、と思うようになった。もしも神様の御姿であるというのなら、この奇妙なドュマのつかみどころのない性質も何となく納得できるような気もした。その憶測は、たまたま村に訪れた占いの手のある旅人が、「この子は水に守られている」と告げたことで核心に変わっていった。やがて親家族でさえも、ドュマを怖がるようになった。ぶってごめんなさい、と震えた。けれどドュマはいつものように首をかしげてにっこりと間の抜けた頬笑みを浮かべながら、「謝ることなんかないのに、どうして謝るの?」というのだ。その態度がどうにも村人たちには空恐ろしいものに思えた。
村を出て行ってはどうかとドュマに告げたのは祖父だった。ドュマは祖父が好きだったし、祖父もまた、ドュマを愛していた。けれど祖父はそう告げた。
『悪意や恐れを受けることはお前のためにならないよ』と祖父は言った。
『僕は気にならないよ』とドュマは言った。けれど祖父は頭を振った。
『たとえお前が自覚をしていなくても、人の心というものは、人を少しずつ蝕んでいくものなのだよ。そう思う彼らも、そしてお前自身をも。お前はこの村にいてはいけない。いつかほんとうに、大事な笑い方を忘れてしまうよ。わからなくなってしまうよ』祖父は真剣なまなざしで言った。その灰色の瞳には深い愛情と悲しみが潜んでいる。
『じゃあ僕はここを出て行こうかな』ドュマはあっさりと言った。
大好きな祖父、妹、両親と離れることは、今更やっと、少しだけ悲しいと思えた。それでもまあいいかとも思えた。ふわふわと心が浮遊する。ドュマは気づくことはなかった。自分の心も少しずつ傷はついているということがわからなかった。そのせいでどこか上の空で、心が体から離れてどこかを漂っている心地を味わっていたのに、よくわかれずにいた。
13歳のとき、村を出た。ただの一時的なものじゃなかった。ドュマは、村から縁を切られたのだ。けれどドュマはあくまで「これは僕の意思だから」と言った。
『僕の気持ちをくんでくれてありがとう。僕はここを出て行くよ。この村を出て行くよ』と、ドュマはにっこりと笑って言った。
それでも一度、ふらりとまた村に戻ってきてしまったことがある。なぜかはドュマにもわからなかった。心が初めて急いたのだ。けれど、どうしても門をくぐることはできなかった。古い木でできた大きな門を見上げて、ドュマは首を緩やかに振ると、また来た道を戻った。もう二度と戻れないのだと思った。初めて怖いと思った。戻ってどういう顔をしていいのかわからなかった。今までそういう努力を全くしてこなかったからだ。
ふらふらと歩くのは好きだったけれど、帰る場所も、行くための場所もないことは、なかなかに辛いものだった。
その日暮らしで生きていくことはできたし、水が自分を守ってくれるから、身の危険もなかったけれど、どういう風に生きていればいいのかわからなかった。
だからドュマは、一年前にふらりと行き着いたアルカイルの国で、祭りの夜に出会ったとき、どこか安堵できた。この火祭りは、この一帯ではとても有名なものであるらしかった。毎年この祭りの盛大な花火を見るために、各国から観光客が訪れるのだ。普段は世界中に散らばっている人という個が、この明るく暑い夜には群れをなして花火のもとに集まる。まるで帰ってこられたような気がした。
(ここが僕の帰られる場所だ)
ドュマは、十色に光る火の花を見ながら心が満たされていくのを感じた。周りにいる人々は誰もかれも知らない人たちばかりだ。どんな人生を送っているのか、どんな性格なのか、何も知らない。話もできない。それでもまるで、今だけは自分もその一部になれた気がした。
だから今日もまた、ドュマはあのアルカイルの国、シワナの港町の祭りに向けて、のんびりと歩いている。
帰れる場所、帰れる時間があるというのは幸せだった。これからは毎年これを自分の課としようと思っていた。祭りが終わったら、街を出てまたどこか知らない世界に歩いていく。そしてまたぐるりと回り道をして一年に一回帰ってくる。一晩だけを、人とともに温かな街で眠りたい。
「そろそろ着くかな?ちょっと早く来すぎたかな」
ドュマは立ち止まって首をかしげた。祭りが楽しみすぎて、戻ってくるのを少し早まったかもしれない。ドュマが関門の前に来た時、昨年は関門にも飾られていた赤い提灯はまだ取り付けられていなかった。
「いらっしゃい、シワナの街へ」
白髪と灰色の髪が混じった男は、ドュマの顔をろくに見ることもなく不愛想に言った。とても気難しそうな無骨な男だ。けれどドュマはこの男が嫌いではない。祖父と同じ匂いがする。
「こんにちは、おじさん。今年も会えたね」
「ここを通る人間の顔何ぞいちいち覚えとらん」
男はそっけない。ドュマは、門から見える大通りをきょろきょろと見渡した。
「おじさん、祭りはまだなの?」
「あと6日後だなあ」
「ありゃ。僕早く来すぎたみたいだなあ。おじさん、宿はここあるんだっけ?」
「仮にも観光街だ。あるに決まっているさ。だがわしは教えんぞ。自分で勝手に探すがいい」
「うん。そうだね、ありがとうおじさん」
ドュマはにっこりと笑った。淡い橙と白の薄煉瓦のタイルでできた道を踏みしめる。
祭りであろうとなかろうと、この街は常に電灯や店先の看板にたくさんの装飾が施してあった。色とりどりで、とても可愛らしい。ドュマはにっこりとした。なんだか楽しい。
後で思えば、やっぱり祭りより早くこの街に踏みいってしまったのは、軽率だったかもしれないともドュマは思う。
それでも、自分があの時あの場にいたからこそ、彼女の傷をあの程度で抑えられたのだとも思った。あの時自分がいてよかったと思った。水に愛されていてよかったと思った。
人との縁が少しずつ絡み合って、いつしか彼女にたどり着けたこと、たとえ一番残酷な形だったとしても、ドュマは感謝している。喜んでいる。たとえその気持ちが彼女にとっては救いにならなくても、それでもドュマにとっては大きなことだった。村人たちに忌み嫌われた目元の二つの痣・・・黒子も、このための道標だったのだと今ならわかるから。





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