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自作小説「水の車輪」の原稿置き場です。 ※未熟ではありますが著作権を放棄しておりません。著作権に関わる行為は固くお断り致します。どうぞよろしくお願い致します。
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第一章 轍



一、

ヘラクレイトス家には、宝がある。
それは【人】であったが、同時に【神の器】と同義であった。
その子供が生まれたことで、ヘラクレイトス家は新興貴族として名を馳せるようになる。
当主の愛人から生まれたその子のために、ヘラクレイトスという一介の中堅階級の一族は、大見得きって出歩けるようになった。
人々はその子供を出した、ヘラクレイトス家現当主、ベリエルザに頭を垂れる。
歯の浮くような世辞を言い、かしづく。
子供は愛人の子であったけれど、まるで元から身分の高貴なものであったかのように扱われた。
彼には長兄がいたが、長兄もまた、彼に恐れおののき、身を引いた。彼が時期ヘラクレイトス家長になることは、目に見えて明らかであった。
母親は、ヘラクレイトス家お抱えの、商家の娘であり、同様に国で有数の大企業となる。
彼が、予言の子である【かもしれない】こと、ほんの少し、残りの【予言の子】の中では頭脳も優れていたこと、ただそれだけの理由で、人は彼こそが予言の子だと言い切るようになった。
人当たりのいいその少年は、酷く心をくすませていく。
誰も、そのことに気づかない。
少年もまた、気づいて欲しいとも、思わない。

「決め手にかけるな」
ベリエルザは苛々しながら忙しなく室内を歩き回った。
その様子を、部屋の壁にもたれてにこにこと眺めている少年がいる。
少年は母親似でひどく愛らしく、桂皮色の髪からは匂い立つような美しさが際立つ。
父であるベリエルザは決して不細工ではなかったが、少年と並ぶとあまりにお粗末に見えた。
そして少年もまた、父親をひどく馬鹿にしている。
「お前、本当に、何も知らないのか?覚えはないのか?」
少年はしょんぼりとしたように俯く。
「僕が不甲斐ないばかりに・・・申し訳ありません」
「お前は先の王の行幸の際、王の目の前で風車台の羽を回してみせたではないか」
「あれは偶然です、父上。現に、ほら」
少年は【その時】と同じように片手を宙に伸ばす。そして真剣な顔つきになる。
ややあって、落胆したように嘆息しながら首を振って、少年は手を下ろした。
「僕は今、父上の机に乗っている紙束を動かそうとしてみたんです。けれど、父上、一寸たりとも動いていない・・・父上、僕だって、あの時は、僕にこんな素晴らしい力があったのかと、踊りだしたくなるような気持ちでした。もしそんな素晴らしい力があるなら、僕はもっともっと、父上のお役に立てます!けれど・・・」
少年はうなだれる。
「何度やっても、どんなに神経を集中させても、僕にはできないのです。どうしたって、風は僕の言うことを聞いてくれない。やはり、きっと、ただの偶然だったのですよ、父上。僕だって・・・僕だって・・・欲しかった。父上の役に・・・」
ベリエルザは舌打ちしながら息を吐くと、少年の桂皮色の髪をぐしゃり、と撫でた。
「もういい。お前を追い詰めるつもりなどないのだ。何もできないのなら仕方がない。だが・・・どうにも解せん。お前は確かに予言の子のはずなのに、これといって特出するものは何もないではないか」
その言葉に、少年が心の中で苛立ちを滾らせたことに、男は気付かなかった。
「あれはまるで奇跡のようであったから、もしや・・・お前にその能力はなくとも、他の二人にはあるのではないか?人を超越した神の力を、お前以外の者がよもや持ってはいまいな?」
「そんなことはないと思います、父上」
少年は、くしゃり、と笑った。
「ご存知のとおり、エリュイトス家のご子女はあのような馬鹿ですし、片やマジュ家の彼女は彼女でひどく気難しく、どちらも己の制御能力に欠けています。もしも力があるのなら、たとえ彼らの家の者が隠そうとしようとぼろが出るはずですよ。まあもし・・・僕に力があるのなら、僕は父上とこのヘラクレイトス家のために、決して余所にその力を見せるようなへまもしません」
「ふん」
ベリエルザは苦笑した。
「お前もよくよく口が悪いな。両家の御子女のことをそんなふうに言える強者はお前くらいのものだろう。あの二家はうちと違って古株の貴族なのだからな」
「じきにうちが勝ちますよ」
少年はにこり、と笑った。
ベリエルザは満足げに微笑する。

父の書斎を出て、自室に戻る。
身の回りの世話をするメイドを皆出払わせ、少年は窓の外を眺めた。不意に、苛立つように唇を噛み締め、視線の先をひどく睨みつける。そこに何かがあったわけではない。強いて言うならば、白い鳩が飛んでいた。けれど、ただそれだけのことだ。少年が苛立ったのは何も知らぬ鳩のせいなどではない。
少年は踵を返し、カフスのボタンを緩める。クローゼットを開け、堅苦しい上着を脱いで、奥の方から簡素な青染の服を引っ張り出した。ブーツを脱ぎ、靴下さえも放り投げる。
母方の祖母が編んでくれた麻糸の帽子を深く被り、少年は扉に鍵をかけた。もちろん扉の外に、【僕は疲れているのでゆっくり眠りたい。何があっても起こすな】という張り紙は抜かりなく貼り終えている。昨日夜更けまで勉強をしていたことは家人なら誰でも知っているはずだから、この言い訳もそうそう怪しまれないだろう。
少年は身軽に窓の淵へ飛び乗ると、そのまま窓の外から飛び降りた。
少年がいる部屋は屋敷の三階だ。
それでも少年が無事に着陸できたのは、異常成長した庭の草木が少年の体をそっと受け止め、再びゆっくりと枯れていったからに他ならない。
少年は右手をくるくると回した。異常繁殖した植物たちの残骸は、昼間の太陽の下では隠されてしまうほどの、しかし鋭い光の粒に包まれて、ただの灰になる。
少年はそのまま足音を立てないように、塀の隙間から外へと脱出した。

そうしてようやく少年が感情を爆発させたのは、かもめが呑気に飛び回る船着場だった。
「よう、坊主。なんだ?若いくせに眉間にしわが酔ってるじゃねえの」
「ザゼリ」
少年は無表情でその名を呼ぶと、不意ににやり、とした。
「一発殴ってもいい?」
「はぁ!?」
金髪に碧眼、容姿的には申し分ないはずなのにどこか阿呆面で残念なその青年は、汗まみれの白い上着を暑そうにはためかせながら、そばかすだらけの鼻の頭を掻いてムッとした。
「ちょい待て。おれが何をしたよ」
「何もしてないけど」
「よーしわかった。お前、その樽蹴っとけ。おれは謂れのない痛い思いなんぞさすがにしたかねえよ!」
「へー。いいんだ」
「あ?」
「これ、再起不能になっても知らないよ?」
「は」
「これ、多分まだ使う樽だよねえ。ていうかさ、なんか酒臭い。船員の飲む酒でも入れてた?」
「まあ、そうだけど」
「ほー」
少年はにっこりと笑った。ザゼリの顔が青ざめる。
「ちょ、まて、おい、ほんと待てって、キ―」
豪快な音が響く。
キオは、半ば狂ったようにその樽を殴り、蹴り続けた。やがて頑丈なはずの樽は、少しずつひび割れて、崩れていく。ザゼリは唖然とした。とても14歳の腕力とは思えない。そもそも、これだけの攻撃を自分がうけるかもしれなかったことにも呆然とする。そして、軽い気持ちで言ってしまった自分の言葉にも喚きたくなった。船長になんと言えばいいのか。
全てが粉々にただの板の破片と化した頃、ようやくキオは肩で息をしながら腰を上げる。片足で残骸を足蹴にしたまま。
まるで未来の暴君を見ているようで、ザゼリは苦笑するしかなかった。
「あーあーもう・・・何をそんなに怒ってんだか知んねえが・・・あーあもう・・・どうすっかな・・・怒られるのおれなんだけど」
「あー、ごめんね?」
「ちっとも悪いと思ってねえな」
「や、そんなことはないよ、4割程度には悪いとは思ってる。というか感謝っぽいものくらいはしてる」
「そうかそうか4割か。こないだより一割増しだな、ってそういうことじゃねえええええ」
ザゼリは頭を抱えた。
「あーあ・・・なんでおれこんな奴に懐かれちまってんだか」
「は?馬鹿言うなよ。懐いてないし。ただちょうどいい捌け口だよ」
「うわほんと、マジでひでえ・・・」
キオはふう、と息を整えて腰に手を当てる。空は薄く広がって、綺麗だ。
「ねえ、今日この辺をレミオとかが通らなかった?」
「あ?ああ・・・なんか下町に行くっつってたけど」
それを聞いた瞬間、キオが再び鬼のような顔になる。
「いや、おれに怒られてもさ・・・」
「別にお前に怒ってるんじゃないよ。僕が本気で苛つくとすればそれはレミオ以外にありえないからね。あのクソアマ・・・ッ」
それは憎々しげにキオは声を絞り出す。ザゼリは苦笑した。
「なーに怒ってんだぁ」
「あいつの不始末のせいでいつも不愉快な時間を過ごさせられるのは俺なんだよ・・・っ。あの脳味噌ふやけ女」
キオはそのままポケットに手を突っ込み、眉間に皺を寄せたまま大股で石段の道へと消えていく。そうはしながらも器用に人ごみをかき分けて一度もぶつからずに歩く辺はさすがとしか言いようがない。ザゼリはくすり、と笑って、しゃがんで板の残骸をつまみながら頬杖を付いた。
「だからあの皺・・・あいつ大丈夫かな、こんなガキの頃からあんなんで」
ザゼリはのんびりと呟いた。
それに同意するかのように、かもめが一声鳴く。



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